あれは生理休暇中、ヒマを持て余して近所の大型電器店へ遊びに行ったことから始まった。
電化製品大好きッ子の私にとって、電器屋は一つのテーマパーク。不思議イッパイのワンダーランド。キャッキャ言ってはしゃげる(心の中で)、重要なプレイスポットだった。
購入の意思も目的も何もなく、うろうろ新製品を見て回るだけでも楽しいのだが、数ヵ月前にパソコンを購入してからというもの、店内に入るとわき目もふらずにパソコンコーナーへと向かうようになっていた。
……おかしなものだ。これまで、パソコンコーナーなるものは私の敵、電器屋の中で唯一の俺立ち入り禁止区間だったはずなのに──。
【ここから回想】
パソコンは長い間、私の憧れだった。
「なんかおもしろそう」という明快な理由で、子供の頃から「コンピュータ」という言葉に淡いトキメキを感じていた私は、常々「なんでもいいからパソコンを使う仕事がしたい」と思っていた。そして高校時代には「SEになりたい」と具体的な職種まで絞り込んだ。勉強さえすればとりあえずなれるであろう、実にお手軽で堅実な夢だった。
──が、人生どこでどうなるかなんてさっぱりわからん。
まんまとSM嬢になってしまった。
一応「S」だけ合ってるが。
そんな私が初めてパソコンに触れたのが、電器屋のパソコンコーナーだったのだ。
確か数年前、ウインドウズ95が出た直後あたりだったと思う。何かの雑誌の特集記事を見て、「なるほど、これなら簡単そうだ」と、ようやく触ってみる決心をしたのだった。
それまでは、遠巻きに眺めることしかできなかったパソコン。私なんかが触れては穢れてしまうのではないかと、近づくことすらできなかったパソコン。小学生とおぼしきクソガキが造作もなく操っているのを見ては、悔しさに殺意さえ覚えたパソコン――そのパソコンに、勇気を出してはじめての接触だ。
何か間違ったことをした時に恥をかかないよう、周りに人がいないことを充分に確認すると、何気ない素振りでモニターの前に立つ。見様見真似で「まうす」なるものを操って、内心ドキドキしているくせに、いかにも慣れたような仕草で「あいこん」を「くりっく」してみる。
「おお、何か出てきた! これが俗に言う『うぃんどう』というものか」
感心しながらあちこちクリックしているうちに、いつの間にやら画面は窓でいっぱいに。
「……で、どうすればいいんだろう」
──そう、私はウィンドウの閉じ方を知らなかった。
えらいことをしたと青ざめながら、素早く周囲を見渡して、誰も見ていなかったことをあらためて確認。画面中にあふれかえったウィンドウをそのままに、そそくさとその場を立ち去った。言いようのない敗北感と「もしかして壊しちゃったかも」という不安に苛まれながら。
以来、私はパソコンに対し、それまで以上の畏怖を持つようになってしまったのだ──。
【回想おわり】
──あの時の敗北感はいまだに忘れられない。
だが、だがしかし。私はもうあの頃の無知な私ではない。れっきとしたユーザーだ。周囲にウィンドウズユーザーはおろか、パソコンを持ってる奴すらいない状況で、サポートセンターにも頼らず、だいたいの操作ができるようになったのだ(基本姿勢としては「何かあったら即初期化」だが)。
私はもう大丈夫(たぶん)。何も恐れることはないのだ(おそらく)。不敵な笑みを浮かべつつ、私のかつての敗北の地、今の私の遊園地、パソコンコーナーへと降り立った。
パソコンソフトのコーナーで、何か面白い物はないかと物色している最中。ふと目についたものが、IBMの『ホームページ・ビルダー』だった。
きんきらした派手なパッケージが目にまぶしい。思わず手にとって、パッケージの裏の能書きを読む。……なんだか面白そうだ。
「ワープロ感覚の手軽さでホームページ作成」
要するに、インターネット上に立ち上げる、ホームページを制作するためのソフトらしい。
これまで、ホームページ制作は非常に難しいと聞いていた。なんとかタグとかいう英数字いっぱいのわけのわからん呪文を打ち込まなければならないと。その、なんとかタグを知らなくてもできる? ワープロ感覚の手軽さ? 本当なのか?
……た、試してえ。
でもでも。私はまだ、ホームページを作る気などない。いずれやりたいとは思っていたが、今はまだ時期的に早すぎる。だってまだパソコン買ったばっかだし。初心者だし。つーか、そもそも何をやろうと言うんだ。世界に向けて情報発信! って、あいにく発信するような情報など、何一つ持ち合わせちゃいない。やめておけ、これは今の私には無用のものだ。
そう思って、きっぱりと棚に戻す。……でも楽しそうだ。どうしよう。ちょっと欲しい。嘘。スゲー欲しい。
──5秒間の熟考の末、購入を決意。細かいことまで考えてもしょうがない。欲しいものは欲しい。物欲に逆らうことは、私の流儀に反する。従いすぎても痛い目見るが。
貴様の言う「手軽」とはどの程度の「手軽」さなのか、この目で確かめてやる。パソコン歴2ヵ月、インターネット歴1ヵ月の超初心者がどこまでやれるのか、勝負だIBM!
と、何が目的なんだか自分でもよくわからないまま『ホームページビルダー』に挑む私。ところが──もお、超お手軽。思ったよりもマジ簡単なんだよこれが。マニュアルなんか読まなくても、カンでだいたいできんじゃん。こりゃいいわ。
すごい、すごいよ。さすがだよIBM! その名に恥じないものを創ったよ、あんた。つっても、IBMがどんな会社でどの程度のもんなのかは全然わかってないが。ブラボーIBM。悔しいが私の負けだ。IBMに乾杯!(←完敗とかけてある)(高度なギャグ)
基本操作を把握するだけのつもりで、適当に作ったトップページが、思ったよりよくできてしまい、「こりゃもうホームページ作っちまうか?」と、いよいよ本気になってきた。ホームページを作りたくてソフトを買う人は多いだろうが、ソフトを使ってみたくてホームページを作る奴はまれだろう。
だけど、まだ肝心の中身をどうするか何も考えていなかった。私は人様にお見せできるようなものもお教えできるような情報も、何も持っちゃいないのだ。
身体の部位ならよく人様から誉められるものを持っているが、それを撮るためのデジカメがない。あったとしても、無修正で公開したら捕まってしまう(どこのことかな)。
そんなことを考えながら、結局、一番技術のいらない、テキスト中心のページを制作することに決めた。日本語知ってりゃ誰でもできるしな。
そうだ、日記書こ。日記。web上で日記書くの、流行ってるらしいし。やたらデザインを可愛くして、らぶりーできゅーとなオンナのコのペ~ジ☆に見せかけて、見に来た奴を騙してやろう。
そういや私ってSM嬢じゃん。「現役SM嬢の日記デス☆」とかいうコンセプトなら、スケベ丸出しのパソコンおたく野郎がわんさか見に来るに違いない。そいつら全員皆殺しだ。いや、殺しちゃまずいな。返り討ちぐらいにしとこう。
そんなことを考えつつ、鼻歌まじりにぱたぱたと中身を作り始める。すっかりノリノリだ。
作りながらふと気づいた。
テキスト中心って……書くの俺じゃん。
うっわ、めんどくせえ!ヒマつぶしのつもりで始めてみたが、ヒマ以上のものをつぶすことにならないか、これは……。
──制作初日、高校生以来と思われる完徹を遂行。この時点で、すでにヒマ以上のものをつぶしていた。