予想外の出来事に「あわわ、あわわわ」状態ですっかりうろたえているうちに、いつの間にか奥の部屋まで通されていた。
しまった、と思う。気づいた時点で一も二もなくダッシュで外に飛び出していればよかった。意外と常識人で礼儀を気にする性分の私には、到底できないことだろうが。
私は、動揺を隠しつつ「あの、以前面接を受けたお店はやっぱり家から遠いので……こっちにしようかと思って」などと、ばっくれたことをばっくれて、つまらん言い訳を口にする。
あくまで人の良さそうな面接担当者の佐藤(仮名)は、あえてそれを信じたそぶりで、何もつっこんではこなかった。……怖い。その方が怖い。オマエ絶対今「嘘つけ」って思っただろ。わかってんだよわかってんだよ。だって嘘だしさ。超苦しまぎれの言い訳だしさ。
元はと言えば全て自分が悪いくせに、一人で勝手に拗ねモードに入る。ほぼ逆ギレに等しい。だか、拗ねていても仕方ないので、ここはひとつ、得意の「開き直り」を披露してやることにした。
いいやもう。別にどう思われようと構やしねえや。つーか関係ないじゃん。こないだみたいに、「明日から出勤しマース」とか言って、またばっくれちまえばいいことじゃん。使い回しのネタだけど、とりあえずこの場を切り抜けられればな。
何食わぬ顔をして再び面接を受けようとする図々しい私に、佐藤(仮名)は、優しく微笑み、こう言った。
「業務内容に関しては、以前にお話ししたものとまったく一緒ですので」
──?
言葉の意味がわからずにキョトンとする私を、彼はあろうことか、そのまま待機室に送り込んだ。
ちょうどみんな仕事に出ている最中らしく、中には誰もいなかった。そこはまるで女子校の教室ような、甘くすえた懐かしい匂いがしていた。──はっきり言って、すげー汚え。
……あ、あれ? ところで面接は?次の出勤日とか聞かないの?明日からがいいんだけどなっ。来る気はもちろんまったくないけどっ。
待機室に通された理由がわからず混乱しながら、先刻の「以前とまったく一緒ですので」という台詞を反芻し、
「……もしかして今、面接部分を思いっきり端折られた?」
と気づいた時には、時すでに遅し。
あれよあれよという間にポラ撮られちゃって、別にいいのにくつろがされちゃって、そうこうしてるうちに店の電話が鳴っちゃって、あっという間に仕事が入っちゃって、「それじゃ、早速ということで」って──おいおいおいっ!
待て。待ってくれ。落ち着いて俺の話を聞いてくれ。……いいか?だーれーが今日から仕事するなんて言いましたか?こっちはすっかりケツまくる気なんだよ。気づけよ。読めよ、人の心の機微を少しは。それともあれか? わかってて無視してんのか?「コイツ、今日帰したら絶対来ねえな」と私の行動を読み切ってのことか?それって正解!なんだけど。ものすごい正解なんだけど。いやでもマジでそれ困る。困るってホント。
表面上はあくまで平静に、水面下で一人静かにパニくっている私をよそに、佐藤(仮名)はたった今入った仕事の内容説明を始めた。
話が進んでくよ!勝手に進んでくよどんどん!私ひとりを置き去りに!と、内心激しく戸惑いながらも、聞けば、今入った仕事はMコースだと言う。
──ちょい待て。再度待て。つーことは、初っ端から女王様なんですかい私は。いいのか、いきなりそんな大出世。昨日までのプータローが今日になったら女王様? 世の中不思議すぎるぞ。
戸惑いが困惑にレベルアップする。もう眉間に寄る皺を隠せない。
だが、それでも佐藤(仮名)は、とことん無情だった。
「30分という短いコースですし、プレイ内容は言葉責めが中心ですから」
言葉責めったって、何言えばいいんだ?何て言って責めればいいんだ?研修は?マニュアルは?たった今面接に来たばかりの素人に、何をどうしろと言うですか?そんないい加減でいいのですか?
「女王様ですからね。今日が初日だということは言わないで、堂々としてれば大丈夫ですよ」
大丈夫じゃねえ。全然大丈夫じゃねえよそれ。あいにく私は、何の技術も経験もない中で堂々としていられるほど厚いツラの皮は持ってねえよ。
そんな私の困惑を、さらに混乱に変化させるトドメのような一言を、彼はこともなげに言い放った。
「何かあったら、すぐに連絡してください」
……どうやって?
何かあったような状況で、どうやって連絡を?そんな言葉でどうやって安心しろと?鬼か貴様は。そもそも何かあってからじゃ遅いんじゃねえのか?
無理だ。私には無理だ。できない。つーか最初からやるつもりゼロだってのに。「この際だ、仕事に向かうフリしてそのまま帰っちまうか?」とも考えた。が、そんな私の考えを見切ってか、佐藤(仮名)は相変わらず人の良さげな顔でこう言った。
「私物は置いて行った方がいいですよ。持って行くと何かと危ないですから」
それじゃ帰れねえじゃん。
畜生、唯一残された退路をあっさり断ちやがった。さっきから思っていたが、人の良さそうなフリして、コイツ、かなりのやり手に違いねえ。あとその「何かと危ない」って言葉もスゲー気になる。危ないって。危ないって何が? そんな危ない客の所に私を行かせるの?
混乱しきって、もはや口では「え? え・え・ええええええ?」としか言えない私に、お道具の入ったバッグを持たせると、彼は、私をプレイルームへと送り出した。「いいからもうその仮面を外せ」と言いたくなるような、それはそれは人の良さそうな笑顔で。
「じゃあ、気をつけて行ってきてくださーい」
──だから何を?
どう気をつけよと言うのだあんたは私に?
くそう、もう腹をくくるしかないのか。いいもん。平気だもん。30分だもん。あっという間だもん。秒数にして1800秒だもん。数えられるもん。きっと気がついたら終わってるもん。全然ラクショー。超ヨユー。
左脳では必死に自分で自分を楽にしつつ、同時に右脳で「女王様」のイメージトレーニングをするという荒業を無意識のうちに行いながら、私は客の待つ部屋へと向かった。
──30分経過。
……ま、やってみりゃなんとかなるもんよ。
30分という短い時間が幸いし、何とかボロを出さずに一戦終えた私の感想だ。いや、実際はかなり焦りまくりのうろたえまくりだったのだが、過ぎてみればそれも全ていい想い出。なんてネ。
異常なストレスから解放され、心が羽のように軽い。そう言えば、今日はいい天気だったんだなあ……などと、知らぬ間に心が和んでいる。おかしい。何か、大事なことを考えなくてはいけないはずなのに。──そうだ。
「……これから、どうしよう」
そう思ってはみるものの、この時点ですでに私の中では結論が出てしまっていた。パトラッシュ。僕もう疲れたよ。新たな面接先を探すことより、今はこの日だまりの中でうだうだしていたい……。
「めんどくさいから、このままここに居ついちゃおうかなあ」
【反省】 今回、いけなかったと思うところ。
- うますぎる話にすぐ飛びつくところ。
- 何度も痛い目見ている風俗店の広告に、懲りずに騙されてしまうところ。
- 「面倒くさい」という感情を何より優先させてしまうところ。
尚、某風俗求人誌に掲載されていたこの店の広告内容は、95%が嘘とハッタリで構成されていたことが判明した。
JAROって何ジャロ。