初めて見る風俗誌は、とても興味深いものだった。
最初に感じたのは、違和感。ここに載っている女子全員が風俗嬢だという事実が、すんなり受け入れられなかった。
ソープ嬢やヘルス嬢という、親兄弟に知られたらタダでは済まなそうな特殊な職業の女が、顔を隠すどころか、「どうだ」と言わんばかりに裸体をさらし、屈託のない笑顔を振りまいているというその状況が、どうにも腑に落ちないのだ。
大丈夫なのかオマエら。知り合いに見られたらどうすんだ。全国誌じゃないのかこれ。などと、見ているこっちが心配になってくる。本人達にしたら、かなり巨大なお世話だろうが。
──ゆくゆくは、自分も彼女らと同じように風俗誌に載るハメになるのだが、もちろんこの時は「雑誌に出ると指名が取れるから」「オモシロそうだから」「まあ、何かの記念になるかもしれないし」「店に頼まれて、仕方なく」「出たくはねえんだけど、ムリヤリ出させられた」「マジ勘弁してほしい」「もうどーでもいいや」「好きにしてくれ」「出りゃあいいんだろ出りゃあ」と、誌面に顔出しするのには、各自様々な理由があることなど知る由もない。
なので「きっとこの人達は、もう捨てる物は何もないんだろう」と、他人の人生を勝手に終わったことにして、強引に自分を納得させておいた。
そうしてページをめくりながら、「こんなことすんのかあ」だの「こんなかわいい子が風俗やってんの? マジで?」だの「うっわ、こいつの身体すっげえな(いろんな意味で)」だの、「風俗誌を参考にして、働きやすい店を見つけよう」という大事な目的をすっとばしてすっかり楽しんでいると──SMクラブの紹介ページを発見した。
こ
れまで見ていたページとは、まったく違った雰囲気を醸し出している。
ヘルスやイメクラの女子達が、ほとんど裸か下着姿で写っているのに対して、SMクラブでは、衣装や小道具などのビジュアル的なこだわりが見てとれるのだ。
更に、女子の質。M女として掲載されている人は、まだ他の風俗と大差ないルックスなのだが、問題は女王様だ。明らかに他よりもレベルが高い。
「……やっぱ、女王様ってのは綺麗な人ばっかりなんだなあ」と、嘆息しながら眺めていると
……おや?
女王様として載ってはいるが、どう見ても女王様らしくない方が、約2名。──しかも、どちらも同じ店の人である。
他店の女王様らに比べると、そのおふたりには、迫力とか美貌とか気合いといったものがまるっきり欠如していた。「らしくない」と言うよりも、「違うんじゃねえの?」といった感じだ。
業種には「M専科」(女王様専門店の意味)と書かれているが──これで女王様?(失礼な奴だ)このレベルでいいなら、私も雇ってもらえるんじゃねーか?(とことん失礼な奴だ)
他の女王様方のご尊顔を拝見させていただいて「この中に混ざろうと思っていたなんて、身の程知らずっつーか恥知らずっつーか……絶対ムリじゃん俺。遺伝子のレベルが違うじゃん」と、己のアサハカさを反省していた私だったが、なんだか希望の光が見えてきた。
イケる。ここならいける。きっとたぶん大丈夫だ。いや、たぶん。大丈夫、なんじゃないかな? 期待に胸を弾ませながら、改めて店の所在地を確認する。……OK、充分通勤できる範囲とみた。完璧だ。
私はソッコーその店に電話をかけると、面接の約束をとりつけた。←早い早い。
──そして、面接当日。
電話で問い合わせた際の、やたらと丁寧で愛想のいい応対からして、特に心配することはなさそうだったが(漁船に乗せられるとか)、やはり緊張の色は隠せない。ここを逃したら、もう後がないだろう──その思いが、より緊張を強くさせる。これが勝負所だ。心してかからねば。
最寄駅に到着し、「駅に着いたら1度お電話ください」と言われた通りに、店に電話を入れる。すると、別の場所の公衆電話を指定された。そこから再び連絡して欲しいと言う。
……めんどくせえ。なんだかスパイ大作戦みたいだぞ、と思いつつも、
「SMクラブだから仕方ないか」
などと、わけのわからない納得の仕方をする。
指示された公衆電話から再び連絡を入れると、ようやく店の場所を教えられた。わざわざこの場所を指定してきたのは、その場所からだと、店のある場所が1望できるためだった。ちょっとガッカリだ。なんか指令の書かれたメモとか、聞き終わると消滅するテープでもあるかと思ったのに。←ドラマとか見すぎ。
その店は、ごく普通の雑居ビルの中にあった。フツーの会社や事務所に紛れて、こっそりとSMクラブが存在する──日常と非日常の狭間に立たされているような、妙な感覚だ。
インターフォンを押すと、必要以上に愛想のよい兄ちゃんに笑顔で出迎えられた。関係ないが「バッファロー吾郎」のメガネくんの方に似ている(知ってるか?)。想像していたよりもずっと狭い受付スペースに通されて、いよいよ面接開始だ。
佐藤(仮名)と名乗った感じのよさげな兄ちゃんに、この店がいかに安全で客層が良く、高級な店であるかをとうとうと語られた後、店のシステムの説明とサービス内容の説明をされた。
プレイの内容がこと細かく書かれたメニューを差し出され、それにざっと目を通しながら、すでに語り部と化した佐藤(仮名)の、淀みない解説に耳を傾ける。
「こちらがSコース、お客様が女の子を責めるコースになってます。で、こちらがMコース、お客様が女王様に責められるコースで……」
あれ?
──待て。ちょっと待て。……Sコース、Mコース……? ここはM専じゃなかったのか? なんでSコースなんてもんが存在するんだ? もしや。これはもしや。
「もしかしてここは……女の子はSとM、両方やるんでしょうか」
思いきって佐藤(仮名)に聞いてみた。答えは──YES。
──くそう。またしてもやられたか!
そういえば、感じの良い電話応対に誤魔化されてしまっていたが、昨日電話で問い合わせた時も、プレイ内容についてははぐらかされていたっけな。狙い通りの店を見つけてウキウキ気分でいたせいで、気にも留めずにいたけども。まーた騙されてやんの俺。バーカ。
聞けば、SMクラブでは、1つの事務所の中で店舗数分の電話回線を引き、数店舗を同時に経営することが多いらしい。この店もそのパターンで、M女専門店と女王様専門店の2つの看板を出しているということだ。……またひとつ風俗業界の裏を知ってしまったぜ。
そうとわかれば、ここにはもう用はない。風俗業の右も左もわからない状態で、いきなりM女なんてキツイだろう。自分がする方なら構わないが、されるのはマジ勘弁だ。とっとと帰って他をあたらなくては。あー、無駄足踏んだ。電車賃返せバカ。
すっかりばっくれる気でいた私に、佐藤(仮名)が突然、不思議な質問を繰り出してきた。
「AF、ってご存知ですか?」
……ご存知ですが?
ようするにアナルファックの略だろ? なんか流行ってるらしいじゃん今。こないだ読んだ風俗誌で、あちこちの店が宣伝していたからな。それまではアナルセックスって言うもんだと思ってたけど、最近じゃあずいぶん下品な言い回しをするもんだな。ファックはないだろファックは。まっとうな外人さんに怒られるんじゃないか?
そんなことを考えつつ、口では「知ってます」とだけ簡潔に答える(心はおしゃべり)。すると彼は、あろうことか私に向かってこう言った。
「できますか?」
できねーよ。
「いえいえいえいえできませんっ! ええもうまったく!」と、力いっぱい否定する。てめえ、誰に聞いてやがんだ誰に!! この狼藉者! ……ああびっくりした。本気でびっくりした今。20年ちょい生きてきて、そんな真顔でそんなことを聞かれるなんて夢にも思わなかった。
「そうですか、AFのコースは女の子のバックが高いんで、できた方が稼げるんですけどね」
私の返答を受けて、穏やかな口調で言う佐藤(仮名)。いや、そういう問題じゃないだろう。なぜ女の身でホモの女役の気持ちを理解しなければならない。勘弁してくれ。
おそらく、よっぽど鳩が豆デッポーくらったようなツラをしていたんだろう。そんな私に、彼はフォローするかのように言った。
「最近では、プライベートでされている方もわりと多いですから」
マジかよ?
少なくとも私の周りでそんな話は聞かないぞ。それともみんな内緒でやってんのか? 「わりと多い」なんてあいまいな表現じゃなく、全人口の何パーセントの人間がプライベートでそれを実行しているのか、はっきりした数字を出してくれ。ものすごく気になるぞ。
このやりとりで、私の「絶対もう来ねえぞ意地でもばっくれてやる度」がMAXに達した。
先程、プレイ内容について説明を受けた時に「サービスはイメクラ並にソフトなので、初心者でもまったく問題はありません」などと言われたが、なるほど。ここではAFをソフトプレイだと言い張るんだな。
その後の説明トークは全て右から左へと聞き流し、「来月の頭から出勤します」と適当なことを言って話をまとめ、私はそそくさと席を立った。もちろん出勤するつもりなどないないシックスティーンだ(誰かわかってくれ)。
「それでは来月、お待ちしています」と笑顔の佐藤(仮名)に見送られ、「一生待ってろ」と聞こえないように吐き捨てて、店を後にした。……さて、これから本屋に寄って、最新号の求人誌買って帰ろう。
さあ、またふりだしに戻って検索開始だ。
検索ワードは「脱がない・舐めない・触られない」(まだ懲りてないな)。きっとどこかにあるはずだ。──いや、あって欲しい。自慢じゃないが、これまでの人生で、男のモノを口に入れたことなどないんだ。この汚れない口にそんな淫らな真似はさせないでくれ。でもちょっとしてみたい気もするが(おい)。
──その後、イメクラ、ピンサロ、性感ヘルスにファッションヘルス(微妙に違う)と面接を重ねていくが、就職先はいまだ決まらない。
……どうしよう。