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風俗嬢のつくりかた 1 「風俗へ行こう!」

その頃、私は3つの仕事をかけもちしていた。

朝9時から5時までパチンコ屋でホールをかけまわり、夜7時から1時までパブでホステス。さらにその合間をぬってセールスレディ。そんな殺人的なスケジュールをこなしていた。

1日の平均睡眠時間は4時間。休日は、ない。休日どころか、プライベートな時間すらなかった。寝る以外の時間は全て仕事か、仕事の準備に使われてしまうのだ。

昼の仕事が終わると、速攻で家に戻ってシャワーを浴び、夜用の化粧をして店に出る。バイトが終わって家に帰ると、服だけ脱いでそのままベッドに倒れ込む。この時、化粧はわざと落とさない。するとアラ不思議。目覚めると、夜の濃い化粧はほどよく崩れて薄くなり、そのまま昼の仕事に行けるのだ。美容や健康という言葉を完全に無視した、悪しき生活の知恵である。

……すげえ。思い出すだけでめまいがしてくるが、マジでこんな生活をしていたのだ。
理由? そんなもの聞くまでもない。

金がいるんだよ。

別に贅沢をしたいわけではなく、ただ生きるために必要なだけの金だ。
何故、たかが生きるためだけにそんなに金がいるのかといえば──まあ、いろいろあってな(遠い目)。その頃の私は、まだ若かった。借りたモノはいずれ返さなくてはいけない──そんな基本的な事すら失念してしまうほど、若かったんだ。

端的に言えば、「借金」だ。
私個人の借金総額などたいしたものではなかったが、最悪なことに、その時は実家の家計までもが切迫していた。年食って、もう水商売ができない母親の代わりにも、私が稼がなきゃならならなかった、と。まあ、そんなとこだ。←あまり多くを語りたくはないらしい。←なぜなら「古傷」というより、いまだ「生傷」だから。

とにかく、その頃の私はバイトの鬼と化していて、友人に「働きアリ」だの「借金女王」だの「消費者金融荒らし」だの、なんだかよくわからないニックネームをつけられながらも、ギリギリのラインを全力疾走するような日々を送っていた。

だが、こんな生活が長く続くはずがなかった。半年目を目前に精神が壊れた。ついに、仕事したくない病が発病。こうなってはもうおしまいだ。心の赴くままに生きるのが私の信条。強引な引き止めも全て振り切り、3つの仕事をいっぺんに辞めてしまった。

仕事をしなくては生活ができない。そんなことは充分承知していたが、時々、無性に自分を追いつめてみたくなるのが私の悪い癖。無職というキツイ肩書きと、無収入というイタイ状況に自分を追い込んで、その焦燥感を楽しんでみたかったのだ。精神的なひとりSMだ。

そうして1週間ほどジリジリと自分を追いつめ、ダメ人間気分を満喫していたのだが、ある日突然、急速に現実に引き戻された。私に収入があろうがなかろうが、返済日は確実にやってくる──ちょっぴり夢見がちな少女だった私も、返済日が数日後に迫ったその時、ようやくそのことを現実として認識したのだった。

働かざるもの食うべからず。それまで痛いほど噛みしめていた、人生で3番目くらいに大事な言葉を思い出した私は、「仕事するぞ仕事するぞ仕事するぞ」と自分に強力な洗脳を施し、さっそく職探しを始めることにした。「これなら、最初から仕事辞めなきゃ良かったじゃん」という理性の声も聞こえたが、冒険してみたい年頃だったのだから仕方ない。何より、仕事したくない病に侵されていたことだしな。←あまり理由になってない。

職を探すには、まず求人誌が必要だ。薄い財布を握りしめ、本屋にゴー。求人誌と名のつくものを片っ端から買いあさるつもりで、就職情報誌コーナーへと向かったのだった。

系そこで私は、運命を変える1冊の雑誌と出会った。

見慣れたタイトルのメジャーな求人誌の群れにまぎれ、その雑誌は、1冊だけがその場に残されていた。まるで私の訪れを待っていたかのように。

『女性のための高収入情報誌』

……あ、あやしい。

あやしすぎる。見たことねえぞこんな雑誌。なんなんだこれ。「女性のため」ってとこがものすごく気になる。しかも「高収入」って。

たまらなくヤバそうな匂いを感じるが、持ち前の好奇心でつい手に取ってしまう。そっとページを開くと、「高級個室サウナ」「性感エステレディー」「SMコンパニオン募集」などという、なんとも景気のいい言葉が目に飛び込んできた。……す、すげえ。こんな雑誌があったのか! これってアレだろ? よーするに風俗だろ? ソレ専門の求人誌があるなんて、世の中まだまだ知らないことだらけだ。

未知の世界を垣間見てしまったような気分に、私はすっかり興奮していた。そして好奇心半分、怖いもの見たさ半分で、数冊の求人誌と共に、ふらふらとその雑誌も購入してしまったのだ。

足早に家に帰ると、当初の目的だったアルバイト情報誌を放り出し、その『高収入情報誌』なるものを読み耽った。

「貴女も今日からリッチに変身!」
「サービスは超ソフト」
「楽々高収入」
「初めての方でも、その日から働けます」

──どの店の広告を見ても、なんだかお手軽そうなことが書いてある。が、現実はそんなに甘いもんじゃないだろう。そんなことは未経験者の私にだって想像がつく。

だがしかし──頭ではそう考えてはいるものの、あろうことか、心が揺らいでしまった。

初めは純粋な好奇心で読んでいたはずだったが、読み進めていくうちに、なんだか本当に「楽々高収入」できるんじゃねえか? などという気になってくるのだ。←暗示にかかりやすい、素直でかわいらしい一面が伺える。

そのうち「人生、何事も経験だよ」「やってやれない事はない」と、心の中で見知らぬオヤジがしたり顔で語りかけてくる始末。「誰なんだこいつ」と思いながらも、「うんうん」とそいつの言葉を聞き入れている私。

思えば、この時すでに私の心は決まっていたのかもしれない。

それでも、しばらく悩んだ。考えた。心のオヤジ(誰だろう)とも語り合った。無駄に数日を過ごした。

──そして、いつの間にか返済日が過ぎていた。
この、もうのっぴきならないところまで来てしまったという自覚が決め手となった。私は、ついに腹をきめた。

「風俗に行ってやる」

そうと決まれば行動は早い。それまでただ眺めていただけだったその雑誌から、めぼしい店に次々とチェックを入れ出す。

私が最初に探したのは、SMクラブだった。風俗求人誌に掲載されてはいるものの、1番風俗らしくないような気がしたからだ。それに、SMには子供の頃から興味があった。1度でいいからやってみてえな、とも思っていた。どうやら期は熟したらしい。ヤな熟し方だが、やるならきっと今しかない。チャンス到来だ。あまり嬉しくないチャンスだが。

無論、M女をやりたいわけではない。風俗初体験だというのに、いきなりそんな怖いことはできない。いくらなんでも、初っ端からそれはキツすぎだ。なので、希望はS女、いわゆる「女王様」というやつだった。これなら、受け身になることがない分、危険度も大幅ダウンだろうと考えたのだ。

ただ、私はどう見たって女王様などというルックスではない。面接で落とされる可能性は大だ。──女王様という職業は、ものすごい美人しかなれないはずだと信じていたその頃の私は、そんなことを思い悩んだりもした(後にそれは大きな誤解だったことを知るが)。

でも、もしかしたらお情けで拾ってくれるところがあるかもしれない。希望は捨てちゃいけないよね! と、ムリヤリ自分を励まして、当たって砕けろといわんばかりに、チェックしたSM店にかたっぱしから電話をかける。

しかし、やはり世の中、それほど甘くはないようだ。実際に問い合わせてみると、たいていの店はSとM、両方やらねばならないらしい。Sのみでもいいと言ってくれる店もあるが、それとなくM女の方をすすめられる。……だからこっちは初風俗なんだって。のっけからM女なんてできねえって。それができれば苦労しねえんだって。

それでもなんとか、都内某所にある女王様専門店にて採用になるが、どうにも場所が遠すぎた。とてもじゃないが毎日通える距離じゃないので、仕方なく断念する(面接に行った時点で気づけ)。……いや、通おうと思えば通えるんだろうけど、めんどくさいしさ。

そうこうしているうちに、かなりの日数が経過していた。まずい。もう贅沢など言ってはいられない。「遠い」とか。そういうのはもうナシだ。甘えてちゃ駄目だ。この際、SMじゃなくてもいい、何でもいいから仕事を探さなければ。やったるわもう。ここまで来たら後には引けねえ。使えるモノは使えるうちに使っとけ。

そう決意を新たにし、次に探したのは「脱がない・舐めない・触られない」という謳い文句の「超ソフトサービス」の店だった(思いっきり贅沢言ってんな)。

ところが、電話で問い合わせて詳しい話を聞いてみると、どの店もみんな、悲しいくらいに大嘘つきだったのだ。

「サービスの内容は、ディープキス、生フェラ、全身リップ、シックスナイン、素股ですね」

──待て、おい。脱がず、舐めずにシックスナインてどうやるんだ。しかも生フェラって。「衛生管理万全」って書いてあるのは何なんだ? もしかしてイソジンとか? 「うがいすればだいじょぶ」ってそういうコト? 世の中厳しすぎるぞ。つーか、そんな堂々と大嘘なキャッチコピーつけるなよ。訴えるぞJAROに。

初めの頃は、悪びれもせず嘘の業務内容を載せている店に、かなりの憤りを覚えたものだっだが、後に、電話で正直に答えてくれる店は、まだ「良い店」の部類に入ることがわかった。中には、面接に行かなければ詳しい話は一切してくれないところもあるのだ。そして、勇気を出して面接に行ってみても、やはり広告の内容はほとんどが嘘なのだ。

……もう、何も信じられない。

この頃になると、面接に行くことにはさほどの抵抗を感じなくなっていた。初めのうちは、のこのこ面接など行ったら最後、拉致られて、そのままマグロ漁船に乗せられるんじゃないかと、半ば本気で不安だったりしたのだが。

けれども、面接のためとはいえ、毎日のように新宿、渋谷、池袋といった風俗激戦区を行ったり来たりしているせいで、もう電車賃さえ危うい状況になっていた。そういえば、「面接交通費支給」という店にもずいぶん行ってみたが、そんなもの貰えた試しがない。くそ、やっぱり騙されてやがる。

幾度となく騙されて続けているうちに、私は、ある得策を思いついた。

女性に都合のいいように書かれている求人誌などあてにはならない。男性向けの風俗誌を見れば、そこには真実が書かれているのではないか、と。

──そしてその考えは、正しかった。
勇気を出して買った数冊の風俗誌。そこには、面白いように求人誌の内容とまったく逆のことが書かれていた。求人誌上に頻出する「ソフト」の文字が、ここでは全て「ハード」に置換されているのだ。

「超ハードサービス!オール生!できないことは本番だけ!」

──こないだ面接行った店じゃねえか。

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