ある友人が「ラルク・アン・シエル」や「シャムシェイド」が、かつて「ビジュアル系」「お化粧バンド」に区分されていたという事実を知らなかったっつー話を聞いて驚いた。そ、そんなもんなのかな、やっぱり。
つーか、どいつもこいつも途中で落とすくらいなら、最初っから化粧なんかすんなっつーんだよな。貫けよ。初志を。そして私を笑わせろ。暖かい目で見守らせろ。ビジュアル系ウォッチングは、私の数少ない趣味のひとつなんだよ。
でも、シャズナはいつ我に返るか楽しみだけどな。マリスミゼルとかも。それを見届けるまでは死ねねえとか、わりと真剣に思っている今日この頃。
ただ、この手のバンドの「最初は派手な化粧で飾り立てて目を引いて、ある程度人気を得ると素顔に戻る」という作戦は、女が男を引っ掛ける時の手口と実によく似ていて、そういう意味では非常に好感が持てるんだが。わかりやすくて。
さて、その好感持てる手口で一躍ヒットした、元ビジュアル系の代表と言えば?
──私の個人的な意見としては、「黒夢」だ。
だって黒夢。なんせ黒夢。
意味不明かつややこしい横文字のバンド名が並ぶ中、燦然と輝く漢字二文字。
「えっ、熟語?」
という感じである。
青でも黄でももちろんピンクでもなく、あくまで黒。そして夢。このネーミングにはビジュアル系のビジュアル系たる所以を感じる。
そうそう。一応注意しておきますが、「こくむ」と読むのは素人ですよ。「くろゆめ」が正解です。そう言う私も数年間「こくむ」と呼んでいたんだが。いつだっけな、気づいたの。
「訓読かよ!そりゃないぜ!」
ってな具合に、かなりショックだった記憶がある。
もちろんそのあと笑ったが。
それでは、ここからちょっと回想入ります。
──かつて私には、「ショックス」「ヴィシャス」「フールズメイト」などの、知ってる人は知っている、ビジュアル系バンド専門誌を買い漁っていた時期があった。
「パチパチ」あたりのメジャー音楽誌では白黒ページにも載らないような小さな規模のバンドが、巻頭表紙やカラー見開きでデカデカと扱われてるその違和感。「売ります・買います」や「友達募集」コーナーのイッてる奴らのイッてる投稿。インディーズのくせして妙に自信満々のバンドインタビュー。「俺達が今のミュージックシーンを変えます」……変えられるもんなら変えてみろ。つーかお願い。変えてください。あなたにそれができるのならば──などと、それらに一人静かにツッコミを入れるのがたまらなく好きだったのだ(しかし、真顔でパチパチ買ってた自分も結構ヤバイ、と今気づいた)。
そんなある日、その手の雑誌をニヤニヤ眺めながらツッコミポイントを探していると、とあるCD屋の広告が目についた。
ビジュアル系のインディーズものを扱っているらしいその店には、普通のCD屋ではお目にかかれないマニアックな品が勢揃い。遠方の方のために、通信販売も行なっている親切ぶり。
「こういうの専門の店もあるんだなあ」
「インディーズでもシングルなんか出すのかー。誰が買うんだ?」
などと感心しながら見ていると──不意に、壮絶な文字が目に飛びこんできた。
『黒夢/生きていた中絶児』
字面に大爆笑。
こ、怖え!これってどっちがバンド名? どっちがアルバムタイトル? どっちにしろマズイよ、生きてたら!
ひとしきり笑った後、もうそのアルバムが欲しくて欲しくてたまらなくなった。き、聴きてえ!どんな曲?どんな詞?どんな人?めちゃくちゃ知りてえ!
欲しいと思ったら買うしかねえ。もう速攻でハガキ書いて通販申し込み。ここまで私の心を揺さぶってくれるんだ。数千円程度は惜しくない。
そして数日後、私の手元にブツが届いた。開封する手が震えるほどの嬉しさ、高まる期待。震える手でそっとCDを取り出し、
「こんにちは、黒夢」
──これが私と黒夢との、初めての出会いだった。
そして問題のそのCD。……とても、素晴らしいものだった。何もかもが期待以上。まずはジャケットで一発がつんとやられて、歌詞を見て目眩がして、音を聴いた時にはグロッキー状態。完全にヤられました。悪い意味で。
「コイツらのことをもっと知りたい……」と、いつしか私は黒夢にぐんぐん引き込まれていったのだった。
そんな矢先、私のもとに黒夢メジャーデビューのニュースが舞い込んできた。つーか自分で見つけた。またもやその手の雑誌で。
ナ~イスタイミング!デビューしちゃうのね?アルバム作っちゃうのね?今度は普通のCD屋でも買えるのね?超ウキウキ。絶対買ってやる。ああ買ってやるとも。私はそう心に誓った。
ああもう待ち遠しくて夜も眠れない。嘘。そんなわけないだろいくらなんでも。だけどマジ楽しみ。今度はどんな暗黒っぷりで私のハートを揺さぶってくれるのかしら。歌番組とか出ちゃうのかな?どんなツラして歌うのかな?タモリとトークしちゃうのかな?ああ……興味は尽きない。
そして待望のデビューアルバム発売。
──した時には、もう『黒夢』なんて単語は私の頭には残っていなかった。発売後しばらく経ってから、たまたま立ち寄ったCD屋の店先で、偶然発見したのだった。発見と同時に鮮やかに蘇る記憶。……しかし、その時はかなりどーでもよくなっていたんで(喉もと過ぎればって感じで)「ふうん」としか思わなかった。──が。が!
『黒夢/迷える百合達』
わあ、今度は迷っちゃってるんだあ!
アルバムタイトルに目を奪われたばっかりに、やっぱり買ってしまった。買わずにはいられない衝動に襲われてしまった。仕方ないじゃん。迷っちゃってんだもん。気になるじゃん。
買ってしまったものは仕方ないので、とりあえず聴いた。歌詞も堪能させていただいた。そして思った。
──売れねえだろうなあ、こいつら。
だが、いつしかキャツらは化粧を落とした。そしてフツーの衣装を着、いかにも「ビジュアル系でござい」といった感じの音がどんどこポップになり、何気ないそぶりで歌番組に出演し、飲み屋のカラオケで黒夢を歌う野郎が表われ──いつの間にか「有名なバンド」になってしまっていたのだ。キャツらは。
何だよ何だよ!!『中絶児』で『デスマスク』で『自閉症』だったくせに!! なんだよそのダルそうなツラ!ジャケ写や雑誌のグラビアでは、いつも精一杯おめめパッチリ開いて写ってたくせに!なにその上半身裸は!ひらひらのブラウス着て百合の花とか抱いてた頃が(おもろくて)好きだったのに!ずるいやずるいや!
──と、意味不明な憤りを覚えた私だった。
でも、やっぱりいまだに買っちゃうんだよねえ、アルバム。さすがにシングルは買う気しないけど。アルバム出ると思わず買ってしまうのはどうしてなんだろう。
それもきまって「発売直後には全然見向きもしないくせに、数ヶ月経つと何故か手が出てしまう」というパターンなんだよな。「見向きもしない」ってのは実はポーズで、内心じゃあ本気で好きなのかも──なんて不安が頭をよぎる今日この頃。
マズイことに、何度も聴いてるうちに「あ、この曲結構好きかも」なんてマジで思ってしまったりするんだよねえ。最初は「なんだこりゃ」つってるのに。いつの間にかじわじわと。後から効いてくるのだ。
そういえば、初めて買った『中絶児』。
単に笑いを求めて買ったこのCD、自分に試練を与える意味で、今でもたまに引っ張り出して聴いている。そのたびに、今でも遜色劣らない凄まじさに半笑い。何度聴いても効いてこないのはこれだけかも。
そう。私が「黒夢いいよね」とはマジで言えない理由はここにあるのかもしれない。
『親愛なるデスマスク』
……出会いがこれだもんなあ。言えねえわ、やっぱ。