ラミたんはじめてのスリ体験(俺が被害者バージョン)
(加害者バージョンがあるわけではない。と思う。今のところ)
30分ほどダンジョンで遊んで街に戻り、戦利品を売り払うと、けっこうな金になった。金を預けるため銀行に行くと、さきほどダンジョン内ではぐれたsalaを発見。その場で数分立ち話をした。
と、その時。
私のすぐ横に、一人の男が突然姿を表した。……あれ? こんなとこに人いたっけ?と不思議に思った瞬間、そいつはものすごい勢いで走り出した。見ると、そいつはグレイネーム(犯罪者)。
……ヤな予感。
ステータスを見てみると、さっきまで所持していた5千数百gpの表示が0になっていた。
状況を把握するまでに約1分。
ええと。確かこの世界には盗みを生業とする人がいて。手口としては、姿を隠して獲物に近づき、こっそり獲物の荷物を物色し、盗んだら速攻逃げる……という……。
やられた。
しまったーーーーーー。俺今、「bank」と言いつつ、金、中にしまってなかったーーーーーー。
私は、ICQでsalaに「ラミたんは今、おかねをスられてしまいました」というメッセージを送ると、そいつを追いかけることにしました。
このムーングロウという街は狭いので、見つけるのは容易いはず。注意深く周囲にいる人の名前を確認しながら、男が逃げた方向へ進む。すると、数画面分先に、見覚えのある姿の灰色の名前の人を発見。
──いた。こいつだ。
一応、遠くからそっと彼のペーパードールを開いて称号を確認。
Scoundrel(悪党)──間違いねえ。シーフだ。
私はおもむろに刀と盾を装着すると、一気に駆け寄って、攻撃開始。殺ス!
……と威勢よく斬りかかったはいいが、持っているのはダンジョンで酷使したぶっこわれ寸前のボロボロ刀。当然、全然ダメージを与えられない。ちっ。装備整えてから来りゃよかったナ。銀行に毒付きハルバードがあったはずなのにナ。あわてんぼさんだナ。
いきなり斬りつけられた泥棒さんは、当然ダッシュで逃げ出します。でも逃がしません。町中で堂々と他人を攻撃できる、ラミたんはじまっていらいの大チャンスなのです。こーろーすー。
しかし、相手も馬に乗っている上、どうやら回線状態も私とほぼ同じレベルらしい。楽に追いつくものの、すぐに逃げられてしまう。
「待てやコラァ!」
「てめえコラ逃げんな!」(そりゃ逃げるだろうが)
と左手でキーを打って罵声を浴びせつつ、右手でマウスを動かして追いかけ回す。器用なことしてるな俺。火事場のなんとかってやつだろうか。
けれども、追いかけっこをしているうちに、スられたことより、銀行前での立ち話が危険ってことを充分承知の上で油断した自分自身に腹が立ってきました。……やめよう。殺してどうなるわけでもないし、それにこの場合、どっちかっつうと悪いの俺だし。←もと万引き常習犯としての「盗まれる方が悪い」という理念に基づきます。
もう危害を加える意思はないことを伝えるため、今度は「殺さない殺さない」「殺さないよう」「殺さねえっつってんだろコラ!」と言いつつ追いかける。しばらくしてようやく足を止めてくれたので、とりあえずお話してみることにしました。
「もしかして今、スった?」
「うん」
何を当たり前のこと聞いてるんでしょうか私は。
数発殴って気も済んだので(殴るっつうか斬ってるけど)「ちっ。大事に使えよ」と捨てゼリフを吐いて立ち去ろうとしたが、泥棒さんは
「返す?」
などと殊勝なことを言い出した。……え。返してくれんの?
一瞬目を輝かせた私だが、盗られた分は楽しかった料として支払ってもいいかと思い、その申し出は辞退した。スリ体験とPK気分、同時に味わえてお徳だったしネ。
思わず笑ってしまったのが、最後に彼が残した言葉。
「このへん、危ないから気をつけてね」
おまえが言うな。